形の無い形

 『形の無い形』とは、なんとも抽象的な言葉であります。先日、このような表現をしてしまったので、本コラムの最初は、この言葉についての解説をしてみたいと思います

 この言葉は、文字どおり読んでしまうと、あまりに抽象的で漠然としすぎていて、どのようなことを指しているのか、まったく意味不明ですね。ひょっとしたら、想像もつかない言葉ではなかったかなと反省しています
 結論から先に申し上げますと、先頭にある『形(かたち)』というのは、景状という意味で捉えていただいて良く、最後の『形』については、文字どおり『形(かたち)』でして、安定した形状という意味です
 景状とはいわゆる山水景状の事で、山・溜まり・滝・島・岩などの自然の景状でありますが、形状については、これらの自然の形状にあてはまらない形状といった意味です。だからといって、山水景状に該当しないものすべてがこの言葉の石に該当するかというと、そうではなく、やはりいくつかの要件を満たしていなければ観賞価値はありませんので、諸条件が加味されたものでなければ、この言葉に該当しません

 その条件とは、水石として鑑賞する上で必要な諸条件を有しているということで、具体的には、石質が良い事・石肌が良い事・石色が良い事・形状に安定感がある事・美しさがある事です。最初の3つは、特に解説する必要はありませんが、問題は最後の2つでしょう

 まず、形状に安定感がある事について考えて見ます。鑑賞する上では安定感がなければいけませんので、どうしてもこのことは必要になります。なかには、不安定でも良いではないかと思われる方もいると思いますが、石の持つイメージは、硬い・冷たい・重いなどで、そのようなマイナスイメージを見せてしまう事は良くありません。そんなこともあり安定感が必要になってきます。ただ、この安定感と書いてしまうと、安定していれば何でも良いというわけではありません。ここで言うところの安定感というのは、水石としての安定感ということで、基本的には山水景状石と同じと考えてください。つまり、勝手側は高くて奥行きがある事であったり、稜線を持つものは稜線のバランスが取れている事であったり、石全体の形状がバランスよく安定している事などです。これらをある程度の高い基準で備えていなければなりません

 最後の美しさについては、これだけは文字で表現できるものではありませんね。形としてある程度の美しさを備えていないことには、やはり観賞価値はなく、ただのゴロタ石になりかねません。この美しさというのは、石の持つ線の美しさであったり、バランスの良さであったり、形状の美しさであったりと、さまざまで一様ではありませんが、美しさを備えている事も必須条件です。美しさの一つの要素として『川擦れが良い事』も重要な要因ではありますが、川擦れについては、「石肌が良い事」と同義と考えていますので、あえて記載はしませんでした

 参考になるかどうかわかりませんが、これに該当する石を具体的に掲載してみます


 この石は、岩手の久慈川のジャクレ石です。シルエットだけ見ると茅舎にも見えそうですが、これでは茅舎になりません。かといって、他の山水景状に見えるかというと、無理すれば岩型には見られそうですが、やはり岩型とはいえないでしょう
 安定感という意味を考えると、立ち石形の岩型としての理想形を変形させたような形状で、少し横広気味ではありますが、まあまあ安定していて、左右稜線のバランスも悪くありませんし、形状のバランスも良いです
 美しさについては、川擦れの良い総ジャクレ肌で、巨樹を連想させるようなシルエットもそれなりに美しいですし、全体の形状と石肌ともマッチしていて、景状感はなくとも、美しさを含めた石の存在感みたいなものだけで鑑賞できるように思っています
 石肌の大きな変化と違って、この石自体は両押しになっていて、踏ん張り気味ではあり、それほど明確な動きはありませんが、かすかに左から右へ石は動いています。このわずかな動きも、ボクボクしている石肌とも調和していて、勝手があまり強くない事もこの石の場合にはプラスに働いています



 この写真は、少し据え位置を変えて撮影したものです
 この据え方であれば、右からの押しが感じられ、石に動きが出てきたことは良いです。景状的に見れば、ギリギリ岩型として見られるかどうかと言ったところでしょうか。岩型に見られないことはなさそうですが、主峰が左に寄りすぎているということと、変化の少ない主峰すぐ右にある直線部分の稜線が、どうしても気になります。この部分に、もう少しジャクレの芸があれば、まあまあの岩型として見られそうですが、この部分は、主要な稜線部分(見付)で非常に目立つところでもありますから、芸の無いのはマイナスになってしまいます。また写真ではわかりにくいのですが、少し後ろに逃げいているのも減点になっていますので、形状面から見ても、今一歩というところでした
 景状的なマイナス点は少しありますが、この据え方でも、この範疇の石には入れても良さそうに思っています


 こちらは、佐治川のジャクレ石です。石の形状としては、ほとんど四角い感じの立方体をしています。なんとなく土破とも岩型とも見られないことはありませんが、やはり山水景状ではちょっとイマイチでしょう
 全体のシルエットとしては、立方体とはいえ、良く見ると右上方角には微妙なカーブがあり、左方の裾にもエグレがあることにより、石には右から左へ向かっていく働き(流れ)があり、この石は右から左へ動いていることがわかります。前後左右の裾も決まっていて、緩やかな動きを感じながらも安定感がある形状を有しています
 肝心の美しさについてですが、普通の石であれば、重要視されるものの一つとして線の美しさがあげられ、通常この美しさは曲線なのですが、この石の主要構成線は直線であり、角部分のみが緩やかな曲線になっていて、この直線と曲線の織り成す構成や立方体との調和に、この石の美しさと存在感を見つけることができ、この石は形のない形として成立しています
 下方にある石の節理も、ほぼ水平であることも、効いています


 ちなみに、この石は瀬田川の立方体石で、参考のために拾ってきたものです。上記の石と同じような石で、石質・石肌・石色も悪くないし安定感もありますが、肝心の美しさに欠けてしまっていますね

 久慈川の石は、それほど厚みのない立ち石で、軽やかとまではいきませんが、高さと薄めであることがそれほど鈍重感を感じさせません。佐治川の石にしても、同じような立方体でありながら、間口・高さ・奥行きのバランスが、ギリギリ鈍重感を感じさせない程度に収まっているのに対し、この石は、ちょっと丈がありすぎてバランスが崩れていること(重さを感じてしまう)と、線は良いのですが、川擦れ不足で角のまろやかさがないため、美しさを感じる事ができずに、水石の範疇に入ることができません。また、無理に段石と見る石でもありませんから、ゴロタ石となってしまいます



 この石は、八海山石です。景状的に考えますと、天破が平らな破面になっていて(そのように据えています)、高土破とも見えそうな石ですが、山水景状として見えそうでもあります。写真ではわかりにくいのですが、右の稜線が逃げていて、石全体の裾も少し手前に出ているため、山水景状として見るのには、少し逃げのマイナスが出てしまっています
 何よりも勝手側である右側稜線部分にボリュームがないのが一番のマイナス要因でしょうか
 だからといってゴロタ石と決めつけるほど魅力に乏しいわけではなく、この据え位置で見ることにより、破面の水平性と川擦れの効いたジャクレ派だとのバランスには見るべきものがあり、せり出しの芸にも味があります
 そのあたりをトータルで見ますと、この範疇の石に入れても良いのではないかと考えています


 この写真は、据え位置を変えて撮影したものです
 この据え位置ですと、右から左へと石の流れも良く、右上方部のボリュームが多少欠けるマイナス点はありますが、景状的には岩型として見ることができます
 ただし、岩型として見ることはできますが、『見ることができる』という範疇だけの石で、それほどたいしたこことはありません。この石の見所である『破面』と『川擦れのジャクレ肌』を見所としてまったく活かせていません。また、この2枚の写真を比べても、上の据え位置の方が、石の見所を活かしていますし、この石の魅力を引き出していてます(写真ではわかりにくいかと思いますが・・・)
 ですから、この石は、岩型として見ることはできるが、この範疇に入れるべき石だと考えています


 私としては、そこそこ具体的に書いてみたつもりなのですが、このようなことで『形のない形』という言葉の意味が理解されたでしょうか? 特に、一番最後の要件である美しさに関しては、石個々により美しさの要素が微妙に違ってきますので、一朝一夕に理解できる事ではないとも考えています

 大袈裟に言うと、形の美がある程度把握できている人でないと、理解できない事であろうとも考えています。つまり、初心者の方では、なかなかしっくりこないものであろうし、ベテランの方でも景状石専門の人には、わかりにくい石かもしれません
 また、この石に該当するかしないかというのも微妙で、紙一重的なものもあり、ある一線を下ってしまうと、ゴロタ石になってしまいます。ですから、あまり初心者の方にお勧めできる石ではなく、仮にこの手の石を拾おうと思っても、簡単に拾えるものではありません。捨てるのが惜しいからといって家に持ち帰った石の中から、ある日突然、この手の石が見つかる(笑)・・・というように、自分自身の技量に反映される石ではないでしょうか
 
 このことは、石そのものもそうなのですが、飾り方一つでもまったく同じです。石さえそこそこ良ければ良いというような簡単なものではなく、何よりもバランスが大事ですから、水盤の選定・水盤への据え位置などに妥協を許しません。このことも、この石の難しさを感じさせ、通常の山水景状石よりは、はるかに難しい石とされる所以(ゆえん)です。形の美を持ち合わせた石そのものを楽しむ『大人の石』とも言えるでしょう。最終的には、山水景状石を卒業したような人が好む石かもしれません

 欠点に対して許容範囲が狭く、高い美的センスが必要なこの手の石については、あまりに難しい石なので、本コラムの最初の方にもってくる事は、あまり良くないのではとも考えたのですが、まあ、このようなこともあるのかと、頭の片隅にでも入れおいていただければ、いつかは必ず役に立つかなとも思い、書いてみました




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